Kugayama
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梶浦由記が昨年12月に日本武道館で開催したライブ「30th Anniversary Yuki Kajiura LIVE vol.#19 ~Kaji Fes.2023~」の模様を収録したBlu-rayがリリースされた。
梶浦のデビュー30周年のフィナーレという位置付けで行われた集大成的なライブは2日間にわたって行われ、DAY 1にはAimer、笠原由里、Remi、Revo(Sound Horizon、Linked Horizon)、DAY 2にはASCA、伊東えり、KOKIA、JUNNA、戸丸華江、Hikaru、結城アイラ(ASUKA)がゲストアーティストとして出演。関わりの深いアーティストたちを入れ替わり立ち替わり迎えて繰り広げられるパフォーマンスに会場を埋め尽くしたオーディエンスは熱狂し、祝祭的なムードとめくるめく梶浦ワールドに酔いしれた。一瞬一瞬がハイライトとも言えるライブを推進した梶浦はステージに立ちながら何を感じていたのか? 普段はコンポーザーとして楽曲を生み出し、そのサウンドで世界中のファンを魅了する彼女がライブにこだわる理由とは? 「Kaji Fes.2023」の開催から約半年が経ったタイミングで話を聞いた。
取材・文 / 須藤輝
1つの到達点だった武道館
──梶浦さんは去年、FictionJunctionの3rdアルバム「PARADE」をリリースした際のインタビューで(参照:梶浦由記デビュー30周年&FictionJunction「PARADE」発売記念インタビュー)、1993年にSee-Sawでデビューしたもののさっぱり売れず、映画「東京兄妹」(1995年公開)の劇伴を手がけたことがきっかけでアニメ音楽の世界に入り、「アニメの仕事をもらえてる間に、やりたいことを全部やっちゃおう!」と必死になっていたら30年経っていたとお話しされていました。
はい、そうでしたね。
──その30年の音楽活動の1つの到達点が、このたび映像化された「30th Anniversary Yuki Kajiura LIVE vol.#19 ~Kaji Fes.2023~」だとするなら、音楽を続けているととんでもないことが起こるんだなと。もちろん今言った到達点は、現時点ではすでに通過点になっているわけですが。
私はもともとデビュー10周年とか20周年というのをあまり気に留めるほうではなかったんです。周年イベント的なことに労力を割くあまり、音楽を作る手が止まってしまうんじゃないかという懸念もあって。一応、私を応援してくださる方に、私にできる一番のファンサービスは作曲だと思ってずっとやってきたんですよ。とにかく1曲でも多く作ってお届けすることだと。でも、去年は意識的に作曲の手を止めて、30周年の記念になることをいろいろとやってみたんです。例えばファンクラブイベントとしてライブ&サイン会(「30th Anniversary FictionJunction Station Fan Club Talk&Live vol.#2」)をやったり。
梶浦由記
──梶浦さんのサイン会はレアですよね。
たぶん、30周年というきっかけがなければやろうと思わなかったんですが、やってみたらやってみたで、得るものがすごく大きくて。ライブ&サイン会というのも、こちらとしては「みんなのために、会いに行きます」的な、どこかしらおごった気持ちが正直あったんですよ。でも、ひさしぶりにキャパ100人ほどの小さな会場で、私と4人の歌姫さん(KAORI、KEIKO、YURIKO KAIDA、Joelle)だけでライブをしたら、そういう状況でしか起こり得ない現象が起こるんですよ。いい意味でこちらの視野も狭くなって、歌姫さんたちも「あれ? 今日の私たち、おかしいぞ?」みたいな、客席の熱につられて思考が飛んじゃうような瞬間を味わったりして。
──客としても、ライブハウスとホールでは体験の種類が違ってきますからね。
私たちが普段やっている「Yuki Kajiura LIVE」の会場はだいたい2000人規模なので、やはりある程度冷静さを保った演奏がどうしても必要で。でも昔、100人とか200人規模のライブをやっていた頃はそういえばこんな感じだったなあと。それがまた次のライブや創作への原動力になっていたりしたんです。それから、私はライブのときにいつも「音楽は1対1のものだと思っています」と言っているんですが、今回サイン会でも1人ひとりの方から思いを届けていただいたことで、改めて“1対1”であることを確認できたんです。そうやって、普段はしないことをファンサービスのつもりでやってみたところ、全然「みんなのため」じゃなかった。むしろ私たちのほうが大事なものを受け取っているのでは?と感じる瞬間が何度もあったんですよね。そんな30周年イヤーの最後に待っていたのが「Kaji Fes.2023」なんですけど、思った以上にチケットが売れまして……。
──そりゃあ、売れますでしょう。
いや、先ほども言ったように「Yuki Kajiura LIVE」って、普段はキャパ2000でちょうどソールドアウトするぐらいなんですよ。だから武道館というのは私にとってはすごく背伸びをした場所で、どんなに少なく見積もっても7000人は入れなきゃいけないわけですから、正直どうやって埋めようかと。それは収益がどうこうではなくて、お客さんと演者の皆さんに寂しい思いをさせるのが一番嫌だったんです。でも、プロデューサーの森康哲さんが早くから策略を巡らせてくださったこともあり、思った以上にお客さんが入ってくださって。
「30th Anniversary Yuki Kajiura LIVE vol.#19 ~Kaji Fes.2023~」の様子。
──ステージの後ろも客席として解放する形になりましたね。
その大人数のお客さんの圧を……もちろんうれしい圧なんですけど、これほどの圧を感じて演奏したことはなかったです。今までも、大きいものだと3万人規模のイベントに出演させてもらったことはあったし、そういう場でいただく拍手や声援もすごくうれしかったんですが、それとはまた全然違っていて、体の芯にズン!とくるものがありました。そうした圧はステージ上の演者さんたちにとって一番のエネルギーになりますし、DAY 1の1曲目から雰囲気が違うんですよ。たぶん多くのお客さんが「Yuki Kajiura LIVE」にとって武道館は過去最大規模の、特別な場所だとわかって来てくださっていた。おまけに30周年ということで、長く応援してくださっていた方からすれば「30年かけてここまで来た」みたいな。
──相応のお祝いムードも。
本当に「お祝いしてあげたい!」という気持ちをひしひしと感じる、すごく温かい声援をいただいて。もう武道館なんて慣れっこ、なギターの是永巧一さんが「こんな雰囲気の武道館、初めてかも」と言ったぐらい、不思議な雰囲気の会場になっていました。私にとっても、おそらく演者さんみんなにとっても忘れがたい、特別な2日間でしたね。私は、音楽を何年やろうと今の自分がいる地点は道半ばでしかないし、明日も曲を作るわけですから「ここがゴールではない」と言い張ってきたところがあって。だいたい、ものを作る人にゴールなんかないじゃないですか。「明日作るものが今までの自分の作品の中で一番いいものだ」って、100人中100人がほぼ確実に思っていますから。
──はい。
でも、そうは言っても、あの武道館のステージは私たちの1つのゴールであったと素直に認めてもいいんじゃないかという感覚になったんです。私は武道館を目指していたわけでは決してないし、ライブ自体、私は自分の仕事はあくまで曲を書くことだと思っているので、その合間に与えられるご褒美のようなものだと思っていたんですね。たくさん曲を作ったら、「いっぱい作ったから聴いて!」とお客さんに披露する会みたいな。それを何度も続けてきて、たどり着いたのがあの場所だった。だからあの2日間を映像作品として残せたことは、ゴールを記録できたことはもちろん、ずっと一緒に「Yuki Kajiura LIVE」を作ってきてくれた歌い手さん、プレイヤーさん、スタッフさん、そしてお客さんと「これをやったんだよね!」と言えるものを残せたことが、何よりうれしいですね。
梶浦由記
ライブはやめられない
──映像を観ていて、梶浦さんがカメラに抜かれたり映り込んだりしているときに、だいたいニコニコしていらっしゃるのがすごくいいなと思いました。
本当にライブはご褒美だし、あんなにぜいたくな体験はないと昔から思っていまして。作曲の仕事をしていると、作り上げたものに対して誰かの反応が返ってくるまでタイムラグがあるんですよ。私が曲を作っているときにリアルタイムで「いい曲ですね」なんて温かい感想をくれる人は誰もいないので。
──誰も?
いないです(笑)。まあ、プロの歌い手さんに「歌うまいですね」ととりたてて言う人がいないのと同じで仕方ないんじゃないでしょうか。特にサントラ仕事の場合は曲数も多いですから、例えば30曲持ってこられたらスタッフの方もいちいち感想を言っていられないですよね。だから、曲を作ってレコーディングが終わってから、だいたい2カ月か3カ月、下手したらもっと経ってから、ようやくリスナーの方々からいろいろな声が届いてくるんですよ。「めちゃくちゃいい曲ですね」とか「いつも同じだね」とか(笑)。でも、その頃にはもう私はほかの仕事で精一杯なので、感想をいただけるのは本当にうれしいんですが、正直頭は違う方に向いちゃっているんです。それがライブでは、私たちがパンッと放った音に対して、その場でお客さんが「わああ!」って応えてくれる。あれはヤバいです。
──ヤバいですか。
あのリアルタイム性は病みつきになりますね。書き仕事では絶対に味わえないものですから。普段は地球から別の惑星に向けて音楽を打ち上げるような距離感で仕事をしている分、音楽をその場でやりとり出来る感覚というのは「楽しい」としか言いようがないし、書きの喜びとはまた違う原始的な音楽の喜びの原点がある。だから、ライブはやめられません。
梶浦由記
──ライブはご褒美であり「楽しい」とはいえ、この2日間のライブを作る労力たるや……とも思ってしまったのですが。
「Yuki Kajiura LIVE」は2008年からやっていて、武道館で開催した「Kaji Fes.」はその19回目にあたるんですが、いつもの「Yuki Kajiura LIVE」では定番曲もやりつつ、お客さんをいい意味で裏切るために、新しい曲や意外性のある曲も必ず入れるようにしているんです。逆に「Kaji Fes.」は、まだ2回目ですけど「梶浦の曲の中でお客さんが聴きたいであろう曲を上から順番にやる」という明確なコンセプトがあるので、選曲ではそんなに悩まないんですよ。ゲストボーカルの方々も決まっているので「このゲストさんだったら、みんなが聴きたいのはこの曲でしょう」というのが自ずと定まってくる。ただ曲数がかなりあるので、それを2日間に収めるのは大変でしたね。大まかなセットリスト案はプロデューサーの森さんが出してくれるんですけど、それに対して私が「いや、この曲もやらなきゃ」とか言っているうちに7時間を軽く超えていて「あれ?」みたいな。
──そうなりますよね。
そもそも前回の「Kaji Fes.」(「Yuki Kajiura LIVE Vol.#10 "Kaji Fes.2013"」)は1日開催で5時間超えをしてしまって、バンドの方々から「次は無理です」と言われて「じゃあ、2日に分けましょう」ということになったんですが、結局初日が3時間、2日目が4時間で合計7時間になり「前より大変でした」と言われてしまったという(笑)。
梶浦由記
──(笑)。
あと、去年は夏に全国ツアー(「30th Anniversary Yuki Kajiura LIVE vol.#18 ~The PARADE goes on~」)、秋にアジアツアー(「30th Anniversary Yuki Kajiura LIVE vol.#18 ~The PARADE goes on~ in Asia」)があったので、バンドも歌姫さんたちもツアーの曲的にはかなり仕上がっていたんです。ただツアーが終わってから「Kaji Fes.」開催まで3週間弱しかなくて。すぐにリハーサルを始めたものの、曲数が多すぎていくらリハをやっても終わらないんです。もともと「Yuki Kajiura LIVE」のリハーサルは非常に過酷で、定番曲は1回ぐらいしか合わせないんですけど、「Kaji Fes.」では通しリハすらできず(笑)。
──それであのクオリティのライブができるんですか?
バンドの皆さんも経験豊富ですし、そういうのにも慣れているので。ただ、緊張感はありましたね。さすがに2日間でこの曲数だと、今まで1度はライブで演奏した曲がほとんどですから、1曲1曲は演奏出来ても曲のつながりが覚えられないんですよ。しかもサントラの曲だと1曲の時間も短く、メドレーに近くなったりして。頭からピアノを弾かない曲だとつい冒頭油断してしまって、イントロが始まって3小節目ぐらいで「よし、こっちか!」みたいな、危険な場面は多少ありました(笑)。でも、たぶん私もバンドの皆さんも、そういう緊張感の中でかなり高めなテンションになった部分もあるし、それも含めて全部お祭りかなって。
──ずっとハイライトみたいな感じでした。
いつものツアーのハイライトを全部つなげたようなセットリストですし、私たちも基本的には最初から最後までクライマックスのつもりでやっていましたね。
「30th Anniversary Yuki Kajiura LIVE vol.#19 ~Kaji Fes.2023~」の様子。
──ただつなげただけではなく、例えばDAY 1はテレビアニメ「NOIR」(2001年放送)と「.hack//SIGN」(2002年放送)の楽曲、すなわち梶浦さんの初期の劇伴曲でスタートさせていたり、曲順にも意味を持たせているのでは?
ゲストさんの出番もあるので、完全にクロノロジカルというわけではないんですけど、やっぱり1日目の1曲目は「NOIR」で始めたくて。「NOIR」は、私にとってもこの仕事を続けられるきっかけになった作品ですし、当時から深夜アニメをご覧になっていた方にとっては非常に印象深い作品で、今でも「ライブでやってください」という声を多くいただくんです。そんな「NOIR」楽曲のほとんどをYURIKO KAIDAさんが歌ってくださっているので、最初のボーカル曲は彼女1人に託しました。「NOIR」のような人気があったアニメーションの曲は、いつもライブのアンケートで「あの曲が聴きたかった」「なんであの曲をやらないの?」といったご意見をいただくことが多くて。じゃあ、曲数が多い「Kaji Fes.」ならそんなご意見が減るかと思いきや、むしろ「Kaji Fes.」のほうがそういったうれしい苦情は多いんですよ。
──例えば?
これはあとで気が付いたんですけど、今回は劇場版「空の境界」(2007年から2009年にかけて全7章公開)という人気作の曲を一切やっていなかった。だから「『空の境界』の曲をやらなかったのは、何か意味があるんですよね?」とか……。
──深読み(笑)。
意味はないんです。やりたかったけれど入らなかっただけなんです。そういう作品はほかにもけっこうあって、当たり前ですけど、何時間やってもすべてのお客様に満足していただくのは難しいですよね。
「Yuki Kajiura LIVE」を支える凄腕たち
──「Kaji Fes.」の主役は多彩なボーカリストだと思いますが、バックバンドならぬ「FRONT BAND MEMBERS」の方々の演奏も最高でした。
もうね、皆さんうまいですから、演奏を観ているだけでも全然飽きない。私のライブはバンドの皆さんと歌姫さんたちを「すごいでしょ?」と自慢しているようなものです。
──個人的に、パーカッションの中島オバヲさんはワイプで常時映してほしいと思いました。中島さんが映るたびに「その楽器は何? 何を振っているの?」などと気になってしまって。
シェケレという、大きな壺みたいな打楽器がなぜかお客さんに非常に人気で、オバヲさんが壺を振りだすと、みんなざわつく(笑)。そういったプレイヤーさんに光が当てられるのも、「Yuki Kajiura LIVE」の特徴かもしれません。やはりもとはプレイヤーと、ボーカル入りの曲でも歌のパートは8小節しかなかったりして、真の主役はバイオリンの今野均さん率いるセクション弦やフルートの赤木りえさん、アコーディオンの佐藤芳明さんだったりする曲もけっこう多いですから。
──いずれもNHK連続テレビ小説「花子とアン」(2014年放送)の劇伴曲である「My Story」と「希望の光」などでフィーチャーされていた、イーリアンパイプスの中原直生さんも素晴らしかったです。イーリアンパイプスって、吹かなくていいバグパイプなんですか?
そうなんです。肘に取り付けたフイゴで空気を送るので、やろうと思えば歌いながら演奏できるパイプなんですよ。しかもイーリアンパイプスって、ああいったパイプ系の楽器の中でもとてもチューニングしやすく、アンサンブルに向いているんです。以前、バグパイプを使ったこともあるんですけど、基本的にチューニングできないので、オケと合わせるのが難しくて。特にワールドミュージック系の楽器には、もともとチューニングをする気がない楽器がけっこうあるんです。
──雅楽で使われる笙などもそういう感じですよね。
まさに。でも、イーリアンパイプスは合奏と相性がいいし、それでいてちゃんとパイプ系の楽器らしい音がするので、弦やバンド、歌と同居できるんですよね。
「30th Anniversary Yuki Kajiura LIVE vol.#19 ~Kaji Fes.2023~」の様子。
──そのイーリアンパイプスやアコーディオン、パーカッション、フルートといった楽器が、梶浦さんの楽曲のメロディやリズムに内在していたワールドミュージック感を増幅させているのを、映像を観てより強く感じました。
アコーディオンほど便利な楽器もなかなかないというか、動き回りながらオケの上から下まで演奏できる楽器って、アコーディオンぐらいで。そのうえリード楽器なので、情緒を奏でられる。例えばピアノは打楽器だから鍵盤を叩いちゃえばもう消えるだけですけれど、アコーディオンは弾いたあとでもリード楽器ならではのロングトーンの美しさを醸せるのがたまらないですよね。そういった意味で、イーリアンパイプスやアコーディオンは異国感を出せるうえに、ほかのオケと混在させやすくライブでも扱いやすいので、非常にありがたい楽器です。ただフルートに関してはもう特殊で、あれはもう私にとって「フルート」というよりは「赤木りえ」というか……。
──赤木さんはすごく攻撃的な音を出しますよね。
そうなんですよ。もちろんフルートらしい旋律もたくさん奏でていただいていますけれど、普通だったらフルートにはお願いしないことを、赤木さんだからお願い!ということもよくあります。だからフルートに関しては、フルートに適したメロディラインを奏でてもらう部分と、“得体の知れない笛を持った赤木りえというプレイヤー”みたいな部分があって(笑)。レコーディングやミックスをしているときも、フルートのトラックというよりは、もはや「赤木りえ」というトラックだと認識しています。
梶浦由記
──DAY 2のアンコールで演奏された「red rose」では、今言及した楽器に加え、バイオリンの今野均さんやチェロの奥泉貴圭さんのソロもたっぷり聴けるという。
もともと「red rose」は自分のソロアルバム(2003年8月発売の1stアルバム「FICTION」)のために、ほとんど遊びで作った曲なんですよ。ある作品の劇伴でイーリアンパイプスを使いたかったんですが、当時はまだ日本で見つからなかったので、ニューヨークまでレコーディングしに行くことになって。1曲録るだけじゃもったいないから、アルバム用にイーリアンパイプスを使った曲を作っちゃおうと。ちょうどその頃、デジタルサウンドにワールドものを乗っけるのが流行っていて、ループの上で自由にイーリアンパイプスでリール(フォークダンス用の舞曲)を吹いてもらうために、ものすごくお手軽に楽しく好き勝手に作った曲が「red rose」だったんです。
──へええ。
その後、時間が経って日本でもイーリアンパイプスのプレイヤーさんが増えて来て。中原直生さんにお会いできて。「1回ライブでやろう」という話になり、やってみたらけっこう面白くて。「じゃあ、ほかの楽器も参加して、ユニゾンでリールやっちゃったらどうなる?」なんて言って試してみたら、それがなんだかやたらカッコいいぞと(笑)。いつの間にかライブの定番曲になっていたという、大出世をした曲です(笑)。
──大出世(笑)。
ライブアレンジってそういうのが面白いんですよ。いろんな楽器が自由に、本来加わるはずじゃなかった曲にも加わってくれると、ギターの是永さんが「じゃあ、俺もここで弾かせて?」とか言い出してくれたり。そうやってみんながちょっとずつ出しゃばってくれることによって、全然違う曲になったりする。私は作曲家だから、基本的にレコーディングまでは全部自分の意思の行き届く範囲でやっているんです。もちろんプレイヤーさんが想像を超える名演奏をしてくれるようなことはありますけど、そこに知らない楽器の人が飛び込んでくることはないし、レコーディングが終われば私と曲との付き合いも基本的には終わり。それがライブになると、自分の意思を超えたところでいろんなことが始まるし、そこからインスピレーションもらって次の活動に生かせることも多々ある。だから特にライブでは、自分の曲は、自分1人の腕では抱えきれなくなってからが本番みたいなところもありますね。
梶浦由記
今伝えたいことは今、全部伝えておかないと
──梶浦さんはDAY 2最後のMCで4人のレギュラーボーカル、すなわちKAORIさん、KEIKOさん、YURIKO KAIDAさん、Joelleさんのことを「すごい」とおっしゃっていましたが、本当にすごいですね。
本当にすごいんですよ。半端じゃない。
──ソロでもゴリゴリに歌える方々ですし、4人でのハーモニーはもちろん、ゲストボーカルをサポートする能力も半端ないです。
もう、あの4人はなんだか私から見ても覚醒しちゃって。もちろん1人ひとりが抜きん出た歌い手であることは間違いないんですが、集団じゃなく4人で4声ハモるのって相当難しいんですよ。私は旋律だけじゃなく下の人にも力いっぱい歌ってほしいとディレクションするほうだし、そういうハモを書くし。なので、たぶんFictionJunctionのハモ、コーラスって、一般的な4声とは結構違っていて。各々がまったく異なるパートを思い切り歌いながら今はこの人とハーモニー、でも次の小節からは私とね、でもオペラの重唱ほど1人ひとりが自由かと言われればそうでもなく、全部縦は合わせてね、的な。なんだか申し訳なくなってきた……。だから「Yuki Kajiura LIVE」ではバンドリハが始まる前に、歌姫さん4人だけで歌リハを何度も何度もやっているんです。その録音を毎度送ってくれて、いつも聞かせてもらっています。そこで本当に細部まで合わせてくるし、さらにゲストボーカルさんを迎えるとなると、またゲストさん1人ひとりに完璧に合わせてくる。
──例えばDAY 1の、「朝が来る」(2021年から2022年にかけて放送されたアニメ「鬼滅の刃 遊郭編」エンディングテーマ)を歌うAimerさんを支えるKEIKOさんの下ハモ、ヤバすぎます。
KEIKOちゃんは、Aimerさんの声にしか聞こえないような声でハモってくるんですよ。「Aimerさんが2人いません?」というような。彼女は歌心をちゃんと理解したうえで歌をアゲてくれるし、事前に音源をものすごく聴き込んで、研究してくるんです。自分がメインボーカルのときはもちろん、ハモるならハモるという仕事を完璧にこなそうとする。だから本当にぴったり合わせてくるし、また仮に誰か1人のハモがズレようものなら、ほかの3人が許さない。
──許さない(笑)。
けっこう厳しいですよ、言葉は穏やかなままだけれど4人ともものすごい完璧主義だし、小さな違和感を絶対そのままにしてはおかない。「Yuki Kajiura LIVE」は武道館の時点で19回目ですけど、彼女たちの姿勢こそが「Yuki Kajiura LIVE」を楽しく美しくしてくれる一番のファクターだと思っていますし、そこにいつも助けられています。
「30th Anniversary Yuki Kajiura LIVE vol.#19 ~Kaji Fes.2023~」の様子。
──DAY 1の、4人で歌う「in the land of twilight, under the moon」(アニメ「.hack//SIGN」劇伴曲)もすさまじかったです。まだ序盤なのに、一気にクライマックスまでブチ上げた感があって。
この曲は「かえるのうた」を作ろうと思って(笑)。だから基本は追いかけっこするメロディに、上と下にそれぞれ違うメロディがあって、誰1人同じメロディを歌っていないのに、ハモっているように聞こえる。彼女たちにとっては練習しやすいメロディなのか、たまに楽屋でアカペラで4人で歌っているんですよ。
──すごい楽屋ですね。
聴いていてとっても楽しいですよ。誰かが歌い始めると、いつの間にかみんなでハモっているんですけど、引くほどうまい(笑)。
──実際、あれだけ歌えたら気持ちいいだろうなって思います。それはゲストボーカルの皆さんも含めて。
私もいつも思っていますね。ゲストの方々は皆さんソロボーカリストとして本当に素晴らしいんです。だけど、レギュラーの4人には、Joelleさんが加入したのは比較的最近ではありますが、ここに至るまで何十回と積み重ねてきた、あの4人にしか歌えない歌があるんですよ。そこは、どんなにすごいソロボーカリストも絶対に敵わない部分で。逆に、ひと声発するだけですべてを圧倒してしまうようなすさまじいソロボーカリストさんもいて、そういう人たちが入れ替わり立ち替わり出てくるからこそ面白いんですよね。でも、やっぱりこの2日間を締めくくる最後の曲は、あの4人で歌ってほしくて「Parade」(アルバム「PARADE」収録曲)という曲を持ってきました。私は、彼女たちが長い時間をかけて築き上げてくれた歌を本当に愛しているし、それを音源という形できちんと残したいという気持ちもあって、「Parade」をあの4人でレコーディングできたのが本当に幸せだった。この曲で「Kaji Fes.」の最後を、30年間の音楽活動における1つのゴールを飾れたのは、本当にうれしかったですね。
──「Parade」の歌詞の最後に「祝祭の歌声 空に届け」とありますが、「Fes.」と銘打っているだけのことはあるといいますか、文字通りの「祝祭」でしたね。
ちょっとできすぎな気もするんですけどね(笑)。あの歌詞は当然、「Kaji Fes.」のことは考えていなくて。ひさしぶりに、自分でも恥ずかしいほど素直に書いてしまったんですよ。結果、打ち上げ花火っぽい言葉で終わっていたのが「Kaji Fes.」のラストナンバーとしても妙にフィットして。30年間向き合ってきた音楽に対する気持ちをストレートにつづった曲を、30周年の締めくくりとして演奏できたわけで、こんなに幸せな作曲家はいないんじゃないかと勝手に思っています。
「30th Anniversary Yuki Kajiura LIVE vol.#19 ~Kaji Fes.2023~」の様子。
──現在、梶浦さんは全国ツアー「Yuki Kajiura LIVE vol.#20~日本語封印20th Special~」の真っ最中です。1つのゴールを迎えたからといって、別にやることは変わらないというか……。
本当にそうです。ただ、けっこう「Kaji Fes.」でやり切ってしまって「次、どうしよう?」みたいな感じになったんですよ。なので初心に帰って「日本語封印」という一番マニアックな、一番お客さんが減る形でツアーを始めています(笑)。でも、相変わらずライブはとてもとても楽しいですね。
──次に「Kaji Fes.」をやるとしたら、また10年後なんでしょうか?
年齢を考えると……身内から、「10年後、4時間いけるか自信ありません」という意見も出てきていて(笑)。そういう意味では、今回の「Kaji Fes.」は本当にはしゃいだし、バンドの皆さんにも歌い手さんたちにも無茶をさせたんですよね。私も無茶をして、2日間の演奏を終えたら爪がバキッと割れていたし、そういう無茶なライブをもう一度やるんだったら、遅くとも5年後じゃないと無理かもしれないですね。本当に、ライブもですけれど、変わらないことはないから。去年と今年は必ず何かが大きく変わっているんですよね。同じことをやりたくても何もかも同じには絶対にならない。だからこそ、そのときにやれることはやり切っておかないといけなくて。今年できていることを来年もできるとは限らないという実感がすでにあるし、いろんな意味で覚悟しなきゃいけない年齢でもあるんですよ(笑)。
──現実的な話になってきましたね。
視点を変えて、もし「『Yuki Kajiura LIVE』にいつかは行きたいな」と思ってくださる方がいらっしゃるなら、今日来ないと明日はないかもしれない(笑)。実際、明日の自分がどうなっているかなんて、自分自身にもわからないじゃないですか。だから決してネガティブな意味じゃなくて、いつまで続けられるかわからない、ひょっとしたら次はないかもしれないからこそ、後悔しないように、今やりたいことは全部やって。伝えたいことは全部伝えておかないといけないですよね。
梶浦由記
ライブ情報
Yuki Kajiura LIVE vol.#20~日本語封印20th Special~
詳細はこちら
- 2024年6月2日(日)東京都 昭和女子大学人見記念講堂
- 2024年6月9日(日)神奈川県 神奈川県民ホール
- 2024年6月23日(日)東京都 LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
- 2024年6月29日(土)大阪府 NHK大阪ホール
- 2024年6月30日(日)大阪府 NHK大阪ホール
- 2024年7月6日(土)愛知県 Niterra日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
- 2024年8月3日(土)埼玉県 大宮ソニックシティ大ホール
2024年11月に上海、広州、タイ・バンコク、マレーシア・クアラルンプールを巡るアジア公演も決定。詳細は後日発表。
プロフィール
梶浦由記(カジウラユキ)
1993年にユニットSee-Sawでデビュー。約2年の活動ののちソロ活動を開始し、テレビ、CM、映画、アニメ、ゲームなどさまざまな分野の楽曲提供、サウンドプロデュースを手がける。2002年には石川智晶とSee-Sawの活動を再開し、テレビアニメ「NOIR」「.hack」関連の楽曲を担当した。2003年7月にはアメリカで1stソロアルバム「FICTION」を発表。同年よりFictionJunction名義のプロジェクトをスタートさせ、2008年からはボーカルユニットKalafinaの全面プロデュースを務める。「Yuki Kajiura LIVE」と題したライブを不定期に行っている。近年はアニメ「鬼滅の刃」シリーズの劇伴および主題歌を手がけ、海外でも高い評価を得る。2023年にデビュー30周年を迎え、4月にFictionJunctionとして9年ぶりのアルバム「PARADE」を発表。12月には東京・日本武道館でライブイベント「Kaji Fes. 2023」を行い、その模様を収録したライブ映像作品「Kaji Fes.2023」を2024年5月にリリースした。
FictionJunction - 作曲家 梶浦由記オフィシャルサイト
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