https://www.jasrac.or.jp/magazine/interview/25/250328.html
2025年03月28日
物語から受け取った「波」を音楽に梶浦由記さん(作詞・作曲・編曲家)インタビュー
アニメ作品やテレビドラマなどの劇伴制作で活躍し、7月には『劇場版「鬼滅の刃」無限城編』の公開を控えている梶浦由記さん。今回、梶浦さんの新しい音楽スタジオにお邪魔して、これまでの制作やライブ活動についてお話を伺いました。
新たな拠点から語る「音楽との歩み」
――素敵なスタジオですね!
ありがとうございます。2月にようやく完成しました。日本にはあまり数がないBösendorfer(ベーゼンドルファー)というメーカーのピアノがずっと欲しかったんです。スタジオは地下に設けたんですが、ピアノを搬入するために大きな窓を作って、音が響くように天井も高く設計しました。優しくて可愛い、宝石みたいな音色でしょ。
――きれいな音が響きますね!他にも、こだわったポイントはどこでしょうか
内装も、タイルや色調など、細部まで自分の好みに合わせて選びました。歌入れのための録音ブースも作って、音楽制作に集中できる環境になっています。今後、作曲の作業はこのスタジオで行う予定です。前のスタジオでは他にもいろいろと楽器を用意していましたが、最近はソフトウェアで代用できるものが増えたので少しずつ減らしていますね。
――音楽との出会い、作曲のきっかけを教えてください。
私の父は歌うことが好きで、よくオペラを歌っていました。当時はカラオケもなかったので、その伴奏のためにピアノを習わされました(笑)。下手でも、和音が取れれば父は喜んで歌っていましたね。そうした環境で、ピアノと歌の相性の素晴らしさや、音楽の楽しさを学びました。また、ビートルズが好きな兄の影響でヨーロッパのポップスも聴くようになって、幼い頃から本当にたくさんの音楽に触れていたと思います。
――作曲もその頃から?
遊び感覚でオリジナル曲を作っていたようです。全く記憶に無かったんですが、小学2年生でドイツに引っ越すとき、祖母に曲をプレゼントしていたんです。その楽譜は祖母が大切に保管してくれていて、亡くなったときに「ありがとう」などの歌詞が書いてある譜面が見つかりました。人に演奏してもらうために書いたのは、高校時代に音楽の授業で作った合唱曲が初めてです。これが本格的な作曲の始まりだったと思います。
人生の選択 会社員から音楽家へ
――音楽の道を志したのはいつからでしょうか?
もともと音楽家になるつもりはなかったんです。家族もみんな会社勤めをしていたので、就職するのが当たり前だと思っていました。NTTに入社してシステムエンジニアとして働きながら、趣味で音楽を続けていましたが、だんだん両立が難しくなって・・・。仕事も本当に楽しくて、やめたくはなかった。会社員と音楽活動を両立している人もいて、それを目指していたんですが、甘かったですね(笑)。30歳近くでデビューのお話をいただいたときに、音楽の道に進むことを決めました。
――大きな決断だったのではないでしょうか
どうだろう、勢いもあったと思います。仕事か音楽か、どちらかを選ばなければならない状況になった時、高校生の頃に亡くなった父のことを思い出したんです。父は、私が20歳になったら一緒にリサイタルをやろうとずっと言っていて。私も面倒くさがりながらも「やってあげてもいいかな」なんて思っていました。そんな中で父を亡くして、人生は短いと痛感したんです。だから、「私もいつ死ぬかわからない。今ここで音楽をやらなかったら後悔する」と思って、音楽の道を選びました。
――お父様の存在が、梶浦さんの音楽人生に大きく影響しているんですね
そうですね。でも、父がもし生きていたら、音楽家の道は絶対に止められたと思います(笑)。
「音楽って怖い」劇伴作家としての挑戦と責任
――会社員と作曲家の働き方に違いはありましたか?
全然違いましたね。作曲家になって感じたのは、1人で仕事をすることの孤独さです。会社員時代のように気楽に愚痴を言い合える仲間がいないので、全て自分で解決しなければなりません。また、時間管理も重要で、オンとオフの切り替えが難しいと感じました。
――プロとして音楽ユニット「See-Saw」でデビューしてから、劇伴のお仕事をされるに至ったきっかけは?
当時、ニューエイジ・ミュージックやワールドミュージックが流行していて、インストゥルメンタル曲を集めたコンピレーションCDの依頼があり3曲作ったんです。初めてインスト曲を作って、そのうちの1曲がCDに収録されたんですけど、残った2曲を当時所属していた事務所のスタッフが映画監督の市川準さんに「いい曲があるんだけど」と勧めてくれて。そこで『東京兄妹』という映画の劇伴の話をいただきました。
――最初の劇伴制作は映画音楽だったんですね
何も分からないまま「いい曲を作らなきゃ!」とすごく力んでいたんです。そんな中で、監督から「このシーンに合わせて即興でちょっとピアノを弾いてみて」と言われて。葬儀場の煙突から煙が立ちのぼるのを女性が眺めるという静かなシーンでした。ぽろぽろとピアノを弾いたら、監督が「それでいいんだよ」と。劇伴の知識が全くなかったので「お葬式シンフォニー」くらい壮大な曲を作るつもりでいたんですが、ピアノを弾いた瞬間にそのシーンが一変したのをよく覚えています。自分のイメージとのギャップに衝撃を受けて、「音楽って怖いな」と思いました。
――「音楽が怖い」とは
音楽には人の心を支配する力があって、ミスリードすることもできてしまう。本当に注意して作らなきゃと感じました。だから、曲作りに迷ったときは脚本を読んだり、監督に話を聴いたり、意図してない方向に音楽がみんなを連れて行ってしまわないように、ミスリードをしてはいけないという責任感で創作しています。
――劇伴を作るときの手順はありますか?また、インスピレーションはどこから得ていますか
映像作品の音楽を作る際は、脚本や原作を読み込んでから取り掛かるようにしています。原作や脚本がある映像作品は、依頼されたときにすでにインスピレーションをもらっているようなものなんです。だから"読書感想文"のつもりで、ファーストインプレッションをとても大事にして作っています。多分、皆さんも本を読んでいる時って、ちゃんとした音楽でなくても何かが鳴っていたり、何かしらの情景を作ってると思うんです。その感覚を私は「波」として捉えています。音符そのものではなく、こみ上げてくる感情や衝撃の「波」の高さや動きを音楽で表現するというか。その波の高低を音楽で表現できれば、聴いた人にも伝わるんじゃないかなと思って素直に作曲しています。
――梶浦さんといえば「梶浦語」と呼ばれる造語の楽曲が特徴的です。その源泉はなんでしょうか
『アクエリアンエイジ』というアニメに携わっていたとき、「歌詞に意味を持たせたくない」というオーダーをいただいて取り組んだものが最初なんですけど、何となく口ずさんだら簡単にできちゃったんです(笑)。父が『リゴレット』や『カルメン』といったオペラをフランス語やイタリア語で歌う環境で育って、言葉の意味も理解しないまま耳コピーで適当に重唱していたからなのかな。
――幼少期に培った音楽感覚が、造語の根幹になっているんですね
そうですね。造語の曲には不思議な効果があるんです。BGMに意味のある言葉をつけてしまうと、使えるシーンが制限されてしまうことがあるんですが、造語だと、流すシーンによって同じ音楽でも印象が変わるんですね。皆さんの想像力で自由に受け取ってもらえることに味をしめました。造語を作るのも楽しいし、何よりメロディーを優先してきれいな音を響かせたり、シーンに合わせて強い言葉を使えたりするのがいいですね。
――梶浦さん主催のライブが昨年20回目を迎えましたね!
プロデューサーの提案をきっかけに、2007年からライブ活動を始めました。私の曲は多重コーラスも多いし、ライブ向きじゃないでしょと思って最初は断ったんです。でも、「いろんなボーカリストを呼んで、声の圧で圧倒させるライブやろうよ」って言われて「やってみたい!」って。最初は、お客さんがどんな反応するんだろうと手探りでした。やってみるととても楽しく、お客さんもすごい盛り上がってくれたんです。終わった途端に「次もやろう!」となって、もう20回。今年は7月から「Yuki Kajiura LIVE vol.#21」をスタートします。
―2019年、2023年、2024年にはアジアツアーも開催されました
私の音楽はアニメ作品関連が多いんですが、海外では日本のアニメがとても人気があるので、ぜひ行きたかったんです。ライブしている間は音楽制作は難しいので、スケジュールの合間を縫って決行しました。国によって文化の違いがあって、それぞれ反応も異なりますね。どの国でもお客さんが自分の曲を聴いて拍手をしてくれて、本当にうれしかったです。
―音楽制作をする時と、パフォーマンスをする時では心持ちに違いはありますか?
ライブの時と作曲の時とでは別人格です(笑)。ライブでは、私の「陽」の部分を100%表に出しています。お客さんと会えることはもちろん、良いメンバー・スタッフとライブをできること、久しぶりにみんなで集結することそのものが楽しみ。今ではライブが"ご褒美"のような存在です。ライブを続けていくためには、もちろん興行として成立させることも考えなければいけなくて、大変ですし責任もあります。今回21回目ができるのは幸せなことだと心から思います。
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の主題歌『炎』がJASRAC賞を受賞
――2022年には『炎』(作詞:梶浦由記、LiSA/作曲・編曲:梶浦由記)がJASRAC賞を受賞されました。歌詞はLiSAさんと共作されたんですね
『炎』の歌詞は、私が書いたものにLiSAさんが言葉を足してくれたんです。歌詞を一緒に作ることって案外無いので、よい経験でした。「人に伝わる」「絶対にいいものを作っているはず!」と信じて曲を作るわけですけど、自分一人だとこのジャッジがとても難しいんです。LiSAさんは「子どもも見る作品だから」とおっしゃって、より前向きな気持ちになるような歌詞を追加してくださいました。歌詞の意図がたくさんの人に届いた結果のJASRAC賞だと思います。賞をいただいたときはうれしかったです。
――梶浦さんがJASRACに入会したきっかけは?
プロとして活動し始めたら入会が当たり前だと思っていました(笑)。自分で著作権管理をするのはとてもじゃないけど無理ですから。アマチュア時代は「著作権」について深く意識することなく曲を作っていましたが、プロとして活動を続ける中で、その考え方も変わっていきました。JASRACさんがしっかりと著作権を管理してくれて、著作権使用料がきちんと分配されているので、作曲家という職業が成り立っていると思っています。
この先もずっと、音楽を作り続けたい
――最後に、梶浦さんの音楽を愛する皆さんへ、メッセージをお願いします。
やっぱり、ずっとこの仕事を続けていきたい。私は物語に音楽をつけることがすごく好きみたいなんです。テレビや映画をほとんど見てこなかった私のような人間がアニメーションの世界からお声掛けいただいて、この仕事をできるようになったのは本当に幸福なことだなと思います。これからも多くの作品と出会い、向き合っていきたいですね。また、ライブ活動も続けていきたいです。私の音楽を聴いてくださる皆さまには、ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。音楽は生活に絶対必要なものではありませんから、私の音楽を選んでくださることが本当にうれしいです。これからも皆さまの耳に届く限り、音楽を作り続けていきたいと思います。
梶浦由記さんProfile
東京都出身。作詞・作曲・編曲を手掛けるマルチ音楽コンポーザー。クラシックや民族音楽の要素を取り入れた幻想的かつ壮大なサウンドを得意とし、ジャンルを問わず幅広い分野で劇伴音楽やテーマ曲を多数制作。ボーカルを重視した楽曲構成や独特のコーラスワークは国内外で高い評価を得ており、自身が主催するライブ活動にも精力的に取り組む。主な作品は『劇場版「空の境界」』『魔法少女まどか☆マギカ』『ソードアート・オンライン』『Fate/Zero』の劇伴音楽、映画『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』の主題歌『炎』(第40回JASRAC賞銀賞受賞)など。
(インタビュー日 2025年2月26日)