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アニソンの神様・梶浦由記さんが「理想の恋人」のために込める「90秒」
2023年9月15日 06時00分
活動30周年を迎えた音楽家・梶浦由記さん(58)が、自身初の著書となる『空色の椅子』(飛鳥新社)の出版に際し、本紙の単独取材に応じた。「アニソンの神様」と評される梶浦さんがどのように仕事に向き合っているのか? 90秒のオープニング曲にかける思いとは? 集大成ともいえる著書について語った1時間のインタビューをお届けする。(聞き手・谷野哲郎)
著書について語る梶浦さん=渋谷区のハイウェイスター事務所で
◆538ページ ここまで「裸」になるとは
―『空色の椅子』は、538ページにわたる大作です。初めて手に取ったときはどのように感じましたか。
「私、本を作り慣れていないので、最初『500ページになります』と言われたときに、『あ、そうですか』と普通に答えたのですが、見本を送っていただいたときに、『わ、500ページってこうか!』と、ちょっと感動しました(笑)」
―ご自身初の著書ですね。
「空色の椅子」(飛鳥新社)
「これまでも、本を出さないかと言われたことはあったのですが、同じ100時間かけるなら文章を書くより音楽を作った方が絶対に良いものができると思ったので、お断りしていたんです。でも、今回は詞集ということで、一生に一度本を出すのなら、この形が自分に一番ふさわしいのかなとお受けしました」
―数ある曲の中から、『空色の椅子』を本の題名に選びました。
「『空色の椅子』は言葉が視覚的にきれいですし、椅子って上に何かある、誰かが上に座る空間を思わせる場所でもあるので、タイトルにすると面白いんじゃないかと、直感で決めました」
―230曲の詞が壮観です。
「歌詞はこれまでもアルバムやCDシングルのジャケットに載せてきたのですが、このように詞集という形で読むと、洋服を脱いだような恥ずかしさを感じてしまって。ここまで裸になるとは思わなかったので、自分でも青くなってしまいました(笑)。歌詞というのは、メロディーという洋服を着ることを前提としたマネキン人形のようなものだなぁと、あらためて思いました」
◆原点はビートルズ
―巻末にはエッセーも書かれています。中でも子どものころにビートルズの訳詩本を見ながら、全部の詩を書き写したエピソードは印象的でした。
「小学2、3年のころですね。兄がビートルズを好きだったので、読ませてくれたのです。楽譜集もあったので、それに英語の歌詞が出ているのを見つけて、『あ、この歌詞はこういうことを言っているのか』って。私にとって、歌詞には意味があると初めて気付かせてくれたのが、ビートルズでした」
―日本の音楽は聴かなかったのですか?
「小学2年生から中学2年まで、ドイツにいたので、聴こうと思っても聴けなかったのです。今とは違って、カセットテープかレコードがないと聴けない時代。でも、ラジオを付ければ、アバとかクイーンとかポリスとか、そういう曲が普通に流れていて、そっちの方が身近でしたね」
◆私はすごく下手だと思う
自らの音楽について語る梶浦由記さん=渋谷区のハイウェイスター事務所で
―著書では作品づくりについても触れています。梶浦さんはテレビアニメのオープニング(OP)やエンディング(ED)曲も数多く手がけてきましたが、普通の曲よりも作るのは難しいのでしょうか?
「難しいです。私はすごく下手だと思います。テレビアニメとのタイアップの場合、OPやEDは89秒から90秒と決まっていて、その間に収めないといけないのですが、普通に作ると、90秒には絶対に入らない。90秒サイズに収めるのは本当に至難の業で、他の作家さんの曲を聴くと、何てよくできているんだろうと感服して、落ち込みます」
―曲から作るのですか、それとも歌詞からですか?
「90秒サイズは、メロディーから作ることの方が多いですね。頭のインパクトは大事なので頭から作ることが多いかもしれませんが、サビまで作って頭を作り直したり、パターンはいろいろです。そこに歌詞を入れていくのですが、それが大変で。このフレーズに5文字入れたいのだけど、4文字にしなければ入らないとか、削る作業に悩みます。でも、言葉って最強というか、言葉が(メロディーに)載るのは最終兵器を抱えているようなものなので、日本語の言葉が載ってきた時点で音楽は伴奏になり、絶対的なものになると思っています」
◆1曲あたり100パターン
―1曲作るのに、どのくらい時間はかかりますか?
「1週間だと早い方ですね。だいたい、何曲か作りますし、1曲しか出さないときも、最低100ファイル(100パターン)くらいは作っています。メロディーだけですけどね。ここを変えたとか、あそこを変えたとか、アレンジして100くらい。だから、聞き返すのが大変なんです。がーっと作って、あれ、ちょっと待てよ、初めに作った方がよかったかなって、聞き返すだけで4時間くらいかかってしまうこともあって(笑)」
―曲を作るときには、原作を読み込んで作る、原作がなかったら脚本を取り寄せ、また、ゲーム音楽の場合はゲームをプレーすることもあると聞きました。
「ゲームはなかなかできないこともあるのですが、その場合でもゲームの脚本をいただいて読みます。また、今はプレー動画という便利なものがありますので、そういうのを見て、参考にしています」
―90秒に全てを込める姿勢がすごいですね。今やOPやEDはアニメ作品の一部で、欠かせないものと捉える人が多いです。
「そうなるといいなと思っています。OPは作品のイントロで、違う世界に90秒で旅立つための時間。EDは見終わった後の心の処理、現実に戻ってくるためのブランク。音楽で世界を作るのは楽しいのですが、ちゃんと責任を果たすことができたなと思うOPやEDができたときは、やはりほっとします。ちなみに、フルサイズの曲は、90秒サイズの曲を作ってから、あらためて作ります」
◆他人の評価は「気にしている暇がない」
2020年に「炎」で日本レコード大賞を受賞したLiSA。写真は同年、紅白歌合戦に出場した際のもの。
―2020年にはLiSAさんへの楽曲、『炎』が日本レコード大賞を獲得しました。そのときの感想を教えてください。
「もちろん、うれしかったのですが、自分が受賞したという感覚はなくて…。レコード大賞に対する知識があまりなく、LiSAさんが取ったという感覚で、『LiSAさん、おめでとうございます!』って感じでした。後から、作詞や作曲も評価されるものだと知って、『あ、そうなんだ』と」
―他人からの評価は気にならないのですか?
「評価されないと次のお仕事がなくなってしまうので、気にならないことはないのですが、大抵、評価される時期にはもう次の仕事をしていますので、そちらの方に気を取られてしまっていることが多いです」
―多くのファンが作品を評価し、梶浦さんのことを「神」と呼ぶ人もいます。
「他にも素晴らしいミュージシャンがたくさんいるので、自分ではそんなふうには思わないですが、自分の音楽を好きだと言ってくれる人がいるのは、世界で一番幸福なことだと思います。もう自分のために音楽は作れないなって思っています」
◆アニメの世界に飛び込んで
―今年で音楽活動30周年。アニメもアニソンも、今や日本を代表する文化になりました。ご自身の活動を振り返ってみていかがですか?
「アニメは可能性にあふれた文化で、長くそこにかかわってこられたことはとてもうれしく思っています。ただ、私が深夜アニメに関わり始めたころは、アニメの音楽をやりたがる作曲家は少なかったように思います。多分、世の中全てでアニメは子どもが見るもの、映画や実写ドラマに比べたら、ランクの低い仕事という感覚がどこかにあったと思います」
―それでも梶浦さんはアニメの音楽に挑戦した?
「私はそれまでアニメを見たことがなくて、全然知らなかったので、変な意識がなかったんです。あのころ、プレーヤー(演奏家)さんから、『えー、こんなにいい曲、アニメに使っちゃうんですか』と言われたこともありました。全然悪気なく。最初はそういう感じでした」
◆偶然出会えた理想の恋人
―1996年の「きまぐれオレンジ☆ロード」の劇場版からアニメの仕事にかかわってきました。アニメの仕事はお好きですか?
「すごく好きです。さまざまな音楽に挑戦できるので。例えば、アニメでは、英雄が悪党をたたき切って船と一緒に爆発したり、星が滅んだりして、じゃーんとシンバルが鳴るような音楽が多いのですが、そういうのは、オペラかハリウッドか、アニメしかないじゃないですか。当時は深夜アニメが始まったばかりで、ルールもなく、音楽も何でもありだった。こんな自由な世界があるのなら、私は自分の好きなように音楽を作りますよって、自分の引き出しを全部開けて音楽を作った。だから、アニメの音楽は大好きです。私にとっては、偶然出会えた理想の恋人みたいなものです」
著書「空色の椅子」を手にする梶浦さん=渋谷区のハイウェイスター事務所で
―30年は1つの区切りですが、これからやっていきたいことは何かありますか?
「ただ、音楽を作っていたいですね。流行廃りの世界ですから、自分がベストを尽くしていても、もういいですと言われてしまうこともあるでしょう。でも、これからもなるべく、たくさんの物語と一緒に、その物語の音楽を紡いでいけたら、それ以上幸せなことはないと思っています」
かじうら・ゆき 作詞家、作曲家、音楽プロデューサー。東京生まれ。1993年に「See-Saw」のメンバーとしてメジャーデビュー。映画やアニメの劇伴や劇中歌も手がけ、独自の世界観で人気を博す。 『機動戦士ガンダムSEED』『魔法少女まどか☆マギカ』『ソードアート・オンライン』などのアニメや、NHK連続テレビ小説『花子とアン』の劇伴や同局『歴史秘話ヒストリア』の音楽も担当した。アーティストへの楽曲提供も行っており、2020年、作詞(LiSA共作)・作曲した『炎』が日本レコード大賞を受賞した。